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東京高等裁判所 昭和33年(ラ)167号 決定

抗告人 債権者 林光子

訴訟代理人 矢田堀兵二

相手方 債務者 高橋長吉

主文

本件抗告を棄却する。

抗告理由

抗告理由の要旨は、つぎのとおりである。

(イ)  決定による仮処分命令にたいする異議訴訟において、口頭弁論がいわゆる休止となり、その後三月内に期日指定の申請がない場合に、とりさげられたとみなされるのは債務者の異議申立であつて、仮処分申請ではない。したがつていわゆる休止期間満了の後も決定による仮処分命令は効力を存続すると解すべきである。

(ロ)  かりに、仮処分申請がとりさげられたとみなされるとしても、さきに発せられた仮処分命令の効力は当然に消滅するものではない。こういう場合には、民事訴訟法第七五六条第七四七条によつて、仮処分の理由消滅その他事情の変更があつたとの理由で債務者から仮処分命令のとりけしを申立て、裁判所が終局判決をもつて裁判すべきものである。債権者の知らぬ間に決定で仮処分命令の執行をとりけすことは不当である。

(ハ)  また原裁判所は、債務者の申立のみによつて原決定をしたが、口頭弁論を経ずに仮処分命令の執行をとりけし得る法律の規定はどこにもない。

(ニ)  原決定は、仮処分の執行をとりけすとあつて決定自体のとりけしでないから、あらためてもういちど仮処分決定を執行することができそうで、はなはだ明確でない結果を生じる。

決定の理由

記録によると本件の経過はつぎのとおりである。

抗告人(仮処分債権者)は昭和三十二年一月十六日相手方(仮処分債務者)高橋長吉を相手どつて、東京地方裁判所に、建物収去土地あけわたし請求の執行保全のため仮処分の申請をし(同庁昭和三十二年(ヨ)第一五七号不動産仮処分申請事件)、同裁判所は同年同月三十一日、つぎのとおりの仮処分決定をした。

債務者の別紙目録(引用を略する)の建物に対する占有を解いて、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏に、その保管を命ずる。執行吏は、現状を変更しないことを条件として、債務者にその使用を許さなければならない。ただし、この場合においては、執行吏はその保管にかかることを公示するために適当な方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

債務者は右建物の修繕改築工事をしてはならない。

この決定は同年二月八日仮処分債務者である本件相手方え送達された。

相手方は同年二月十四日前記仮処分決定にたいして異議を申立て(同庁昭和三十二年(モ)第一、八一六号)、口頭弁論による審理がすすめられた。ところが昭和三十二年十一月二十七日午前十時の口頭弁論期日に債務者(本件相手方)高橋長吉は、あらかじめ適法な期日告知をうけながら出頭せず、債権者(抗告人)代理人は出頭したが弁論をしないで退廷した。

昭和三十三年三月十五日仮処分債務者である相手方は、いわゆる休止期間満了によつて抗告人の仮処分申請はとりさげとみなされ、仮処分決定は効力をうしなつたからとの理由で、仮処分の執行とりけしを申請し、原裁判所は同日前記仮処分決定の執行をとりけす旨の原決定を発し、この決定は同月十八日抗告人および相手方え送達された。同月二十日抗告人から本件抗告が出されたという次第である。このような事情において、抗告人の主張は理由があるかどうかつぎに判断をしめす。

(抗告理由(イ)について)

決定による仮処分命令が発せられた場合に、仮処分債務者から異議の申立があると、裁判所は口頭弁論を開いて審理したうえ、終局判決によつて仮処分申請の申請が理由あるものかどうか、仮処分命令を発し得る要件がそろつているかどうかを裁判しなければならないのである。仮処分決定にたいする異議申立はこういう効果をもつにすぎない。この口頭弁論はこれによつて異議申立が理由あるものかどうかを審理するためではない。この点では、仮処分申請について、決定による仮処分命令を発することなく、すぐに口頭弁論を開いて審理する場合の口頭弁論とちがうところはない。すなわち仮処分決定について異議申立があつた場合の第一審では、直接に裁判所の判断をうけるために裁判所の前にもち出されているものは、仮処分の申請であつて、債務者の異議の申立ではない。現行民事訴訟法はかように解するのが相当である。したがつて、仮処分命令にたいする異議申立があつて口頭弁論が開かれ、第一審裁判所に係属中に、民事訴訟法第二三八条に定められる状況にたちいたつた場合に、同条を準用するにあたつては、同条の訴にあたるものは仮処分の申請であると解すべきは当然というべく、本件においては抗告人の仮処分申請がとりさげられたものとみなすべきである。抗告人の主張は採用できない。

(抗告理由(ロ)について)

仮処分の申請がとりさげられると、仮処分の申請およびこれにもとずく訴訟手続上の行為は、法律上すべてなかつたことになるのであるから、すでに発せられた仮処分決定も当然にその効力をうしなうのである。前の説明のとおり、抗告人の仮処分の申請がとりさげられたとみなされる以上、その申請にもとずく仮処分決定は効力をうしなつたことあきらかで、さらにこれをとりけす必要はない。抗告人引用の民事訴訟法第七五六条第七四七条は、仮処分命令がなお効力を有する場合に関する規定であつて、本件の場合に関するものではない。抗告人の主張は採用しがたい。

(抗告理由(ハ)について)

本件のような、仮処分決定の効力の当然消滅の場合に、仮処分債務者の申立によつて仮処分の執行をとりけすことができるという、直接の規定がないことは抗告人のいうとおりである。けれども、いつぱんに、執行の基本である債務名義がその効力を失つた場合に、その後もなお執行の状態が存続することは違法である。執行機関は違法な執行を続けていることに帰着する。したがつて、とくべつの規定ある場合(たとえば民訴法第五五〇条第五五一条)のほか、執行債務者は執行裁判所にたいして民事訴訟法第五四四条第一項によつて異議を申立て、これにたいして執行裁判所が相当の裁判をすべきものである。この裁判は決定をもつてすべきであるから、口頭弁論を経ずにすることができることもちろんである。

前段説明のとおり、仮処分申請がとりさげられたとみなされ、したがつて仮処分決定の効力が当然消滅となつた本件の場合もまたみぎ述べたところによるべきものであるところ、相手方が昭和三十三年三月十五日原裁判所えさし出した「仮処分執行取消申請」と題する書面(記録五三丁)は、前記異議の申立と解せられ、原決定はこれにたいする裁判とみとめられる。抗告人の主張は理由がない。

(抗告理由(ニ)について)

前段説明のとおり、本件仮処分命令はその決定自体が効力を失つているのであるから、二度と執行することができないことは、いうまでもなく、抗告人の主張のような問題はおこらない。

こういう次第で、抗告人の主張はすべて採用できず、その他原決定になんら違法の点はないから、本件抗告は理由のないものとして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

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